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障がい者や難病患者が、テレビに出演することは感動ポルノと呼ばれることなのか

by 野村純平(男子ハック)

24時間テレビに障がい者や、難病患者が出演することについて、「感動ポルノではないのか?」という議論が紛糾しているそうです。

個人的な考えですが、僕自身の経験とか体験で、どう感じているのかを書いておこうかなと思います。

結局は「誰が、何を、誰に伝えたいのか」って話

僕自身の経験ですが、難病で若くして他界した女の子と付き合っていたことがあります。

病気については付き合う前から知っていたし、余命のことなども話は聞いていましたが、その子の最期まで一緒にいたいと思って付き合っていました。(10年以上前の話になりますが)

その子と24時間テレビの障がい者の特集について、話をしたことがあります。

個人としては「障がい者や難病患者を食い物にしてるのでは?」という気持ちがあったのですが、その子は違いました。

いわゆる「骨髄移植」が必要な子だったのですが、その子は自らが表に立って「ドナーを探しています。ドナー登録をしてください」と、たくさんのイベントを行いました。

誰に頼まれるわけでもなく、自らの意思で。

そんな時に24時間テレビがあり、ふと僕はつぶやきました。

「こういうことをお涙ちょうだいにするのってなんかな」

すると、彼女は「でもさ、私だったたら出るよ」と。

「テレビを見てドナー登録してくれた人に、私のフルマッチの人がいるかもしれない。もっと生きられるかもしれない」

グウの音も出ませんでした。

感動とか、お涙ちょうだいてはなくて、ただ「知ってもらい、もしかしたら誰かを救えるかもしれない」ってことを知ってほしい

その後も活動は続けましたが、フルマッチのドナーは見つからず、骨髄移植はしたものの他界しました。

もちろん人によるとは思いますが、感動が〜、障がい者だから〜とか、そういうことは関係ないんだと思います。

障がいや、難病があろうと、そもそも同じ人間ですしね。

ツライ境遇にある人ががんばっていることに、感動してしまうは当たり前。

そういうことではなく、ただ「僕が(あなたが)、ちょっと気にしてくれる、行動してくれるだけで、助かる命があるかもしれない」ということだけは、事実です。

献血でも、募金でも、ドナー登録でも、意思表示カードでも、ABCレスキューでも。

もしかしたら、誰かの命を。それこそ近しい友達や家族を救えるかもしれない。

障がいがあっても、悲しみにくれて生活してると思うなよ?

そもそも、普通の生活をしている人に、ツライと言われる境遇の人の気持ちは寄り添えない。

専門学校時代に障がい者バレーボール(シッティングバレー)をプレイヤーとしてがんばっていた時期がありました。

後天的な事故で障がいを負った人が多かったですが、みんなそんなことは気にしていないかのように感じました。

「この義足、超かっこよくない?」「足なくても運転できるように、車を改造したんだけど、これ良くない?」

そんなことを普通に話しながら、プレイヤーとしてはいつも背中を追っかけていました。(その頃の僕は腹筋も割れてたし、体脂肪率9%!!)

そういった人たちと一緒にいて思ったのは、「障がいがあるから大変」ということではありませんでした。

よく言われますが「障害は個性」って話に近かったです。

なかには、自分の境遇に悲観する人などもいるかもしれません。でも、僕の周りには1人もいませんでした。

できることを1つずつ

感動ポルノの是非については、よくわからないです。

それでも、知ってることと、知らないことは大違い。

是非についてはおいておいて、出演した人がなったかしてるのであれば.、それは「大いなる1歩なのかもしれない」なんて思いました。



野村純平(男子ハック)
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